140321
さあ、今日から撮影3回戦。いい写真を残したい。
それだけに集中する。
さあ、今日から撮影3回戦。いい写真を残したい。
それだけに集中する。
生まれ落ちた原点と役目を振り返る作業、これまで流れた時間を決して、無駄にはしない。
他人事、相手を心底まで思わない、信憑性のない適当な言葉に、ごまかされない、左右されてはならない。
人を学歴、知識、偏差値という概念と尺度でみること、判断材料にすることは、やめて欲しい。
なぜなら、ひとそれぞれに生きた、人生観とかけがえのないプロセスがありますから。
本来、比べることに、意味はないと思う。
“人間の定めは、男であれ女であれ、新しい世界をつくりだすことであり、
生き生きとした命をよみがえらせることである。
そしてすべてのものには限りがあり、境界があっても、状況に適応し、あるいは抵抗し、
そして信じることを可能にする夢だけは無限であることを思い起こすことなのだ。
歴史のなかで孤独な夢などありえない。”
S氏
”なにごとも自分を後回しにし、他人を優先する”
“創造性とは<要するに自分の天職を詰め切ること>から生まれる” 天声人語から
写真で、何ができるのか
どこまで詰めれるのか
ふかくふかく考える日々
もう同じ時間は、繰り返さない。
放射能により、分断された境界線。
フェンス、ガードレールがコンクリートの塊により固められている。
呼吸しない町、無音の世界を想像させられる。
国道6号線、福島第一原発に向け、行き交うの車両の数々。
楢原町の田畑や海岸沿いに、汚染廃棄物を積み上げた黒いドノ山が、点在する異色な風景。
富岡町、汚染除去の為に海岸沿い、町中、墓地を清掃する人々。
そこには、今尚、黙々と地道な作業を続ける人たちの姿が存在した。
一番遅れをとっている福島の復旧。
手つかずの大地に、居住制限区域ではようやく、小さな変化が見え始めてはいるが、ビジョンはカオスそのもの。
この現状の中、唯一の救いは、人々のやさしさとあきらめない姿勢だと思った。
3.11祈
いわき市内の平中央公園で行われた、キャンドルセレモニー。
人々の願いが、夜空に向け、ひとつの灯りとなり、ゆらゆらと光続ける。
透き通った薄暮の空に、月のあかりが、いわきの人々を照らし始めた。
寝起きと同時に、これまでの気持ちと生理が福島に向かっていた。
どうしても、今の福島を現地で感じたくて、高速道路を北走り、ようやくいわきに着いた。
明日という日は、もう2度と繰り返されないから。
4年目を迎える3.11のFUKUSIMAを、今まで培った全てのエネルギーをこの地に注いで、無心で撮影したい。
忘れさせない、福島の人々のおもいを。
これまで、そしてこれから。
怒りの感情は、ある種のキッカケであって、
考え行動する思考を創りだすための栄養かもしれない。
“準備と努力は、裏切らない” N氏